相続人が海外にいる不動産の売却は、印鑑証明書が取れないという一点で止まります。代わりになるのが、在外公館で取る署名証明(サイン証明)と在留証明です。この記事では、その2つの違いと取り方、書類を郵送でやり取りする段取りを説明します。
当社でも、相続人がアメリカにいる状態のまま話を進め、決済まで終えた案件があります。制度の説明だけでなく、実際にどこで時間がかかったかも書きます。
止まっているのは「印鑑証明が取れない」の一点
相続した不動産を売るには、相続人全員で遺産分割協議書を作り、そこに実印を押して印鑑証明書を添えるのが原則です。
ところが印鑑登録は、日本に住民登録があることが前提の制度です。海外に生活の拠点を移して住民票を抜いていると、そもそも実印を作れず、印鑑証明書も取れません。
つまり、相続人の関係が良好で、話し合いが済んでいても、書類の形式が整わないという理由だけで手続きが止まります。
遺産分割協議書=誰がどの財産を引き継ぐかを相続人全員で決めて、書面にしたもの。相続登記(名義変更)の際に法務局へ提出します。
ここでよくある誤解が、「海外にいる人には相続を放棄してもらえばいい」というものです。相続放棄は家庭裁判所への申述で、原則として自分が相続人になったことを知ってから3か月以内という期限があります。手続きを簡単にするために選ぶものではありません。
署名証明と在留証明は、役割が違う
海外在住の相続人が用意する書類は、代表的なものが2つあります。名前が似ていますが、代わりになっている国内書類が違います。
| 書類 | 何の代わりか | 誰に必要か |
|---|---|---|
| 署名証明(サイン証明) | 印鑑証明書 | 遺産分割協議に加わる相続人 |
| 在留証明 | 住民票 | その不動産を取得して名義人になる相続人 |

在留証明は、原則として現地に3か月以上滞在していて、日本に住民登録が無い方に発給されます(外務省:在外公館における証明)。相続登記では戸籍との同一性を見るために、本籍の記載を求められることがあります。
在留証明は「協議に参加する全員が出すもの」ではありません。不動産を取得する方だけです。
逆に、そこを見落として不動産を取得する方の在留証明を用意し忘れると、登記の段階で差し戻され、また海外との往復が発生します。
ご自身の物件が当てはまるか判断が難しい場合は、個別にお答えします。
物件の所在地さえ分かれば、現況のまま買い取れるかをお伝えできます。
署名証明には2つの形式がある
署名証明には、大きく分けて2つの形式があります。ここを間違えると取り直しになります。
形式1(綴じ合わせる形式)持参した遺産分割協議書に領事の面前で署名し、その書類と証明書を綴じ合わせて割印を押してもらうもの。
形式2(単独の形式)署名だけを単独で証明するもの。印鑑証明書に近い使い方をします。
相続登記の場面では、形式1を求められることが多いとされています。書類そのものと証明が一体になっているためです。ただし取り扱いには幅があるため、提出先の法務局や依頼している司法書士に事前に確認してください。
形式1を使うなら、協議書の内容を先に確定させておく必要があります。
署名してもらってから金額や記載を直すと、また海外へ送り直しになります。
在外公館での取り方と、本人が行けないとき
署名証明は、領事の面前で署名するという性質上、原則として本人が在外公館へ出向く必要があります。代理人による申請や郵送での申請はできません。

本人が出向けない事情があるときは、次のような方法が検討されます。
- 公館が実施している出張サービス・巡回領事の機会に合わせる
- 一時帰国の予定に合わせ、日本の公証役場で私署証書の認証を受ける
- 高齢や病気で来館できない場合の取り扱いを、管轄の公館に個別に相談する
- 日本側で先に署名してもらい、後から証明だけ取る
- 家族が代わりに窓口へ行く
- 署名済みの協議書を郵送し、公館で証明を付けてもらう
なお、帰化などで日本国籍を離れている方は、署名証明の対象が原則として日本国籍者であるため、扱いが変わります。相続手続きのために例外的に発給される場合もありますが、現地の公証人による宣誓供述書などで代えることもあります。この判断は司法書士や弁護士に確認してください。
アメリカに相続人がいた家を、決済まで進めた例
当社で扱った案件に、こういうものがありました。物件は長崎県、相続人の一人がアメリカ在住という状況です。
- 日本に住民票が無く、印鑑証明書が取れない
- そのため名義変更が進まず、売却の話も止まっていた
- 在外公館で署名証明(サイン証明)を取得してもらった
- 書類は国際郵便でやり取りし、決済・売却まで完了した
進め方として気をつけたのは、書類を一度に片付けることでした。海外との郵送は片道でも日数がかかり、公館の来館予約が取れるまでの待ち時間もあります。往復1回あたりで数週間が動くと考えたほうが現実に近いです。
| やり方 | 起きること |
|---|---|
| 足りない書類が出るたびに送る | 往復が3回、4回と増え、そのたびに数週間 |
| 必要書類を洗い出してから一度に送る | 往復1〜2回で収まることが多い |
もう一つは、本人と直接やり取りしたことです。時差があるため即答は難しいものの、間に人を挟むより、何が必要で、いつまでに必要かが正確に伝わります。「書類が届いたが、どこに署名すればよいか分からない」という止まり方が、実際にはいちばん多いためです。
海外案件で本当にかかるのは、手数料ではなく時間です。
書類の内容そのものより、往復の回数をどれだけ減らせるかで期間が決まります。
※特定の個人が分かる情報は記載していません。上記は手続きの流れを説明するためのものです。
海外に住んだまま売ると、税金の手続きが一つ増える
書類がそろっても、もう一つ知っておいたほうがよいことがあります。海外に住んでいる相続人がその不動産を取得して売主になると、税金の扱いが「非居住者」のものに変わります。
非居住者=所得税法上、国内に住所がなく、現在まで引き続いて1年以上の居所も国内に無い方をいいます。国籍ではなく、生活の拠点がどこにあるかで判断されます。
売買代金の10.21%が源泉徴収される場合がある
非居住者から土地等を買った人は、原則として支払額の10.21%(所得税10%+復興特別所得税0.21%)を源泉徴収し、支払った月の翌月10日までに納付する義務があります(国税庁:No.2879 非居住者等から土地等を購入したとき)。
ただし例外があります。買主が個人で、自己または親族が住むために買い、かつ譲渡対価が1億円以下であれば、源泉徴収は不要とされています。
| 買主 | 使い道と金額 | 源泉徴収 |
|---|---|---|
| 個人 | 自己または親族の居住用で、1億円以下 | 不要 |
| 個人 | 上記に当てはまらない | 必要 |
| 法人 | 用途・金額を問わない | 必要 |
この例外は条文上個人の買主に限られています。当社のような法人が買主になる場合は、金額が小さくても源泉徴収の対象です。
つまり売主が受け取るのは、いったん売買代金の89.79%分です。「聞いていた金額と違う」と驚かれやすいのはここです。
引かれた分は、確定申告で精算する
源泉徴収は税金の前払いにあたるもので、取られっぱなしになるわけではありません。譲渡所得を計算して確定申告をすれば、精算されます(国税庁:No.1932 海外勤務中に不動産を売却した場合)。
最終的にいくら納めるかは、売った金額から取得費や譲渡費用を引いた譲渡所得で決まります。源泉徴収された額のほうが多ければ、その差額は還付され得ます。ただし、申告しなければ戻ってきません。
非居住者が確定申告をするときは、納税管理人を定めて税務署に届け出ます。
申告書の提出や納税を日本国内で代わりに行う人で、法人でも個人でもかまいません。
固定資産税の側にも納税管理人がいる
見落とされやすいのが、固定資産税のほうです。国内に住所や事務所が無い納税義務者は、納税に関する事務を処理させるため納税管理人を定めて申告するという決まりがあります(地方税法第355条。横浜市:国外にお住まいの方・長期間国外に滞在される方へ など)。
届出の様式や期限は自治体ごとに異なり、出国が決まってから10日以内と案内している市もあります。物件のある市区町村に確認するのが確実です。これを出さないまま名義だけ海外の方に移すと、納税通知書の届け先が無いという状態になります。
税額そのものの判断や申告の要否は、個別の事情で変わります。実際の手続きは税理士へご確認ください。ここでは「海外に住んだまま売主になると、この手続きが増える」という点だけ押さえておいてください。
相続登記が終わる前でも、相談はできる
相続登記は、2024年(令和6年)4月1日から申請が義務になりました。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に申請しないと、正当な理由がない場合に10万円以下の過料の対象になり得ます。制度開始前に発生した相続も対象で、その場合の期限は2027年(令和9年)3月31日までです(法務省:相続登記の申請義務化について)。
海外の相続人がいると、この3年は思ったより短く感じます。書類の往復に時間がかかるうえ、着手が遅れやすいためです。
期限に間に合いそうにないときは、相続人申告登記という簡易な仕組みがあります。
登記官に「相続が開始したこと」「自分が相続人であること」を申し出るもので、申出をした人の申請義務を果たしたものとみなされます。
ただしこれは名義変更そのものではないため、売却するには別途、相続登記が必要です。
そして、名義がどうであれ、固定資産税と管理の負担は続きます。誰も住んでいない家でも、草は伸び、屋根は傷みます。相続した空き家の売却や遠方の実家の売却でも同じことが起きますが、相続人が海外にいる場合はそこに距離と時差が乗ります。
「手続きを終えてから」でなくてよい
多くの方が、書類をすべて整えてから相談しようとします。順番としては逆にしたほうが早いことが多いです。
理由は単純で、何を取ればよいかは、売り方が決まらないと確定しないからです。誰が名義人になるかで在留証明の要否が変わりますし、そもそも取得する価値があるかどうかで、進め方の判断も変わります。
当社は、片付けや解体、測量を売主側で済ませていない現況のまま引き受けることを前提にした買取会社です。残置物が残っていても、解体費用が払えない状態でも、まず話を伺います。対応は全国で、遠方でも手続きが郵送と電話で完結するようにしています。相続人が海外にいる場合も、その延長線上です。
- 相続登記が済んでいない段階でも相談できる
- 必要な書類の見通しを立ててから、海外へ一度に送れる
- 建物が古い、売れないと言われた土地でも、現況のまま検討する
ただし、当社が引き受けられるかどうかは物件ごとの判断になります。立地や状態によってはお引き受けできない場合もありますし、共有者が多い場合は共有持分の整理から相談することになります。税務や登記の判断は、税理士・司法書士へご確認ください。
「海外にいる相続人がいるから、うちは無理だろう」と思って止めている方がいらっしゃいます。書類の形が変わるだけで、進め方はあります。まずは、どこで止まっているかだけでもお聞かせください。
よくある質問
海外にいる相続人は、印鑑証明書の代わりに何を出せばよいですか。
在外公館(大使館・総領事館)で発行される署名証明(サイン証明)が、印鑑証明書の代わりになります。領事の前で遺産分割協議書に署名し、その協議書と証明書を綴じ合わせてもらう形式が、相続登記では求められることが多いです。取り扱いは公館や管轄の法務局によって差があるため、事前に確認してください。
署名証明と在留証明は、両方とも必要ですか。
全員に両方が必要なわけではありません。遺産分割協議に加わる方は署名証明が要ります。在留証明が要るのは、その不動産を取得して登記名義人になる方です。在留証明は住民票の代わりにあたる書類だからです。
本人が在外公館まで行けない場合はどうなりますか。
署名証明は領事の面前で署名するものなので、原則として本人が出向く必要があり、代理人や郵送での申請はできません。公館が遠い場合は出張サービスや巡回領事の機会を確認する方法があります。一時帰国の予定があるなら、日本の公証役場で私署証書の認証を受けるという選択肢もあります。
海外に住んだまま売ると、売買代金から税金が引かれると聞きました。
非居住者から土地等を買った人には、原則として支払額の10.21%(所得税10%と復興特別所得税0.21%)を源泉徴収して納付する義務があります。買主が個人で、自己または親族の居住用として1億円以下で買う場合は不要とされていますが、法人が買主の場合はこの例外に当たりません。引かれた分は前払いにあたるもので、譲渡所得の確定申告をすれば精算されます。詳しくは税理士へご確認ください。
相続登記が終わっていませんが、売却の相談はできますか。
相談の段階では問題ありません。名義変更が終わっていない状態でご相談いただき、必要書類の見通しを立ててから登記に進むほうが、往復の回数が減ることが多いです。ただし所有権の移転そのものは相続登記が終わってからになります。
手続きが長引く間の固定資産税や管理はどうなりますか。
名義がどうであれ、固定資産税や建物の管理の負担は続きます。海外との書類のやり取りは往復に時間がかかるため、その間の維持費も含めて考えておくと判断しやすくなります。負担を止めることが目的であれば、現況のまま引き受けられる場合があります。
この記事の監修者
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