災害で家が壊れたとき、自治体が所有者に代わって解体してくれる公費解体という制度があります。費用の心配が要らない、ありがたい仕組みです。ただ実際には、申請の入り口でつまずく方がとても多い。その最大の理由は、建物の名義人が亡くなったままになっていることです。
この記事は、環境省の公費解体・撤去マニュアル(2026年9月時点で第7版)と、能登半島地震のときに実際に何が起きたかを踏まえて、申請の前に何を確かめ、何から手をつければよいかを順にまとめたものです。
公費解体と、平時の除却補助金は別の制度
まず、混同されやすい2つを分けておきます。窓口も要件も違うので、取り違えると話が通じません。
| 使える場面 | 中身 | |
|---|---|---|
| 公費解体 | 自然災害で被災した建物 | 自治体が所有者に代わって解体・撤去する |
| 除却補助金 | 平時の老朽化した危険な空き家 | 解体費用の一部を自治体が補助する |
公費解体は、自治体が災害等廃棄物処理事業を実施すると決めた災害に限って行われます。各自治体の運用の下敷きになっているのが、環境省の公費解体・撤去マニュアルです。
対象は、り災証明書で一定以上の被害と判定された建物です。石川県の案内では「全壊」「大規模半壊」「中規模半壊」「半壊」と判定された建物が対象とされていました。

公費解体・撤去マニュアルには何が書かれているか
窓口で言われたことの根拠を確かめたいとき、たどり着く先がこのマニュアルです。ただし、これは自治体の担当者向けに書かれた事務手続きの文書で、住民向けの申請案内ではありません。本編は受付体制や工事の進め方が中心で、住民が知りたいことの多くは別冊の質疑応答集のほうに入っています。
2026年9月時点の最新版は第7版(令和8年8月)です。本編と別冊は、環境省のページからどれも無料で読めます。
| 資料 | 中身 |
|---|---|
| 公費解体・撤去マニュアル(第7版・令和8年8月) | 受付体制、同意の取り方、建物性の判断、施工の留意点 |
| <別冊>公費解体・撤去に関する質疑応答集(令和8年3月) | 「これは対象になるか」を問答形式で整理 |
| <別冊>参考事例集 | 過去の災害で実際にどう運用したか |
| <別冊>参照条文 | 根拠になる条文 |
| 自費解体・撤去(解体費用の立替えと払戻し)の手引き(第2版・令和8年7月) | 先に自分で壊した場合の払戻し |
対象になるもの・ならないもの
別冊の質疑応答集には、判断に迷いやすいものの扱いが並んでいます。よく聞かれるものを抜き出します。
| 扱い | |
|---|---|
| 家屋の一部だけの解体 | 対象とならない。建物全体を解体・撤去する場合のみ |
| 敷地内の倉庫・車庫だけ | 市町村が全壊と判定すれば対象。被災証明書や写真など判定を証する書類が要る |
| 浄化槽・便槽 | 家屋と一体で解体・撤去するなら対象 |
| ブロック塀・よう壁 | 原則は対象外。倒壊のおそれ、または工事の支障になる場合は対象となり得る |
| 残された家財・家電 | 損傷して処分せざるを得ないものは、家屋の解体と併せてなら対象 |
| 罹災証明書が出ない空き家 | 市町村が全壊と判定すれば対象。被災証明書や写真が要る |
最後の行は、空き家を持っている方には大きい話です。
住んでいないので罹災証明書が出ない、だから対象外だ——と自分で判断してしまうケースがあります。
市町村が全壊と判定すれば対象になり得る、というのが環境省の整理です。
ご自身の物件が当てはまるか判断が難しい場合は、個別にお答えします。
物件の所在地さえ分かれば、現況のまま買い取れるかをお伝えできます。
能登で実際に起きたこと
制度があることと、実際に解体が進むことは別でした。
2024年5月末の時点で、石川県の公費解体は申請15,614件に対し、完了227件。約1.5%です。
2016年の熊本地震が5か月時点で14%だったのと比べても、大きく遅れていました。
原因はいくつも重なっています。道路が寸断されて現場に入れない、作業員の宿泊先がなく県外の業者が受けられない——そうした事情もありました。そのうえで、手続き自体を止めていた最大の要因が、相続です。
相続登記が済んでおらず、登記の名義人が何代も前に亡くなった方のままになっている。そうなると相続人が枝分かれして何人にもなり、全員の同意を集めることが現実的に難しくなります。建物が壊れてから相続人を探し始めることになるので、間に合いません。
同意が取れないときの実際の運用
ここが、いま知っておく価値のいちばん高いところです。
能登では、この壁を外すために運用そのものが変えられました。そしてそのときの工夫が、いまは環境省のマニュアル本編に書き込まれています。現場の急場しのぎではなく、手順として整理されたものになったということです。
分かれ道は、建物が壊れている程度です。マニュアルはこれを建物性と呼び、①土地に定着している、②屋根と周壁がある、③その用途に使える状態、の3つで判断するとしています。

- 建物性が失われている場合……倒壊、全焼、柱だけになった、傾いて自立できない、土台から離れた——こうした状態なら、不動産としての所有権の整理は不要。共有者・相続人全員の同意書は要りません
- 所在が分からない相続人がいる場合……所有者不明建物管理制度(民法264条の8)を使い、裁判所が選んだ管理人から同意をもらう方法があります
- 連絡はしたが返答が得られない場合……宣誓書方式。所有権をめぐる争いが起きたら申請者の責任で解決する、という書面を出して進める扱いです
宣誓書方式は例外的な救済に見えますが、実際には使われています。マニュアルは、令和6年能登半島地震で全体の約5%程度が宣誓書を使った公費解体・撤去であり、それによるトラブル等も報告されなかったと記しています。
倒れた建物の滅失登記は、法務局が被災市町村と連携し、不動産登記法28条に基づいて登記官の職権で行う取り扱いがあります。
滅失登記がまだでも、市町村が建物性は失われていると判断すれば、上の扱いを受けられます。
ただし、どの方法を採るかを決めるのは市町村です。
所有者不明建物管理制度は、申立てから公費解体の申請までに通常3か月程度かかるとされています。
宣誓書方式のほうは、建物の状態や意向確認の経過を総合的に見て判断されます。
「全員の同意が要る」と一度言われても、そこで終わりにしないでください。
建物がどういう状態かを伝えたうえで、扱いが変わらないかを担当課に聞く価値があります。
名義人が亡くなっている場合、登記を先に直す必要はない
ここは誤解されやすいところです。環境省の質疑応答集は、公費解体の申請にあたって事前に相続登記の申請をする必要はない、としています。求められているのは登記を直すことではなく、誰が権利を持っているかの確認と、その人たちの同意だからです。
- 相続登記……申請の前に済ませる必要はない
- 未登記の家屋の表題登記……申請の前に済ませる必要はない。市町村の固定資産課税台帳で所有者を確認する
- 抵当権・根抵当権の抹消登記……申請の前に済ませる必要はない
建物性が残っている場合に法定相続人全員の情報が要るときは、戸除籍謄本や、法務局が発行する法定相続情報一覧図で確認できるとされています。抵当権が付いている場合は、建物性が残っていれば担保権者が解体に同意していることを書面で確かめるのが原則ですが、建物性が失われていれば、その同意も不要です。
「まず相続登記をしてから来てください」と言われたら、根拠を確かめてください。
公費解体の申請の要件と、相続登記そのものの義務は、別の話です。
登記を先に直そうとすると、それだけで受付期間が終わってしまうことがあります。
相続登記の義務のほうにも、間に合わないときの逃げ道があります。相続登記そのものは2024年4月1日から義務になり、不動産登記法76条の2で3年以内の申請が求められています。話し合いがまとまらない場合は、同法76条の3の相続人申告登記を先にしておけば、登記の義務だけはいったん果たしたものとみなされます。
相続人の一人と連絡が取れないときの進め方は、相続人が後から出てきたときの進め方に書きました。所在が分からない場合は、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てる方法があります。
登記の名義が古い住所のままになっているだけでも、書類の突き合わせで止まることがあります。住所変更登記も2026年4月1日から義務になりました。詳しくは住所変更登記の義務化にまとめています。
受付の開始も締切も、自治体ごとに違う
公費解体は、災害が起きれば自動的に始まるものではありません。市区町村が受付を始めて、はじめて申請できます。そしてその時期は、同じ災害でも自治体によってずれます。
熊本市は令和8年熊本地震の公費解体について、2026年8月25日(火)から予約の受付を始め、申請書類の受付を2026年9月10日(木)から12月10日(木)までとしています(平日9時から17時、9月は土日祝も受付予定)。対象は個人所有の家屋等または中小企業者所有の事業所等で、り災証明書で全壊・大規模半壊・中規模半壊・半壊と判定されたもの。り災証明書は申請書類の受付時に提出します(熊本市の案内)。
一方、同じ地震で被害を受けた八代市では、市の関連情報の一覧に、2026年9月3日時点で公費解体・被災家屋の解体撤去の項目がありません。り災証明の受付は続いています。
申請書類の受付は、3か月ほどしかないことがあります。
一方で、戸籍を集めて相続人を確定させる作業は、それだけで数か月かかることが珍しくありません。
受付が始まってから名義を調べ始めると、間に合わない可能性があります。
「相続の壁」は、申請書の様式として現れる
熊本市が公表している様式を見ると、能登で問題になったことがそのまま書類の形になっています。
| 様式 | 中身 |
|---|---|
| 第1号 | 公費解体申請書 |
| 第2号 | 委任状 |
| 第3号 | 同意書(共有者・相続権者) |
| 第4号 | 同意書(借家の居住者) |
| 第5号 | 同意書(抵当権者) |
様式第3号が、相続の壁そのものです。共有者と相続権者から同意書をもらう建て付けになっています。なお2026年9月3日の時点で、熊本市のページに宣誓書方式にあたる様式は公表されていません。
同意が全員から取れないときにどう扱われるかは、様式の一覧を見ても分かりません。
能登で運用が変わったのも、受付が始まったあとでした。
「全員の同意が必要です」と案内に書かれていても、そこで終わりにせず、担当課に個別の事情を伝えて聞いてみてください。
順番を待っている間にできること
申請を出しても、すぐには回ってきません。その間にやっておくと後が早くなることがあります。
- 家財を回収しておく……石川県の案内は「家財が大量に残置されることで、大幅に解体日数が長くなる可能性」があるとして、できるだけ家財を回収しておくことを求めています。安全が確保できる範囲で
- 被害の写真を残す……り災証明の判定でも、自費で解体した場合の払い戻しでも使います
- 戸籍を集め始める……相続人が誰なのかを確定させる作業は、いちばん時間がかかります。制度の締切より、こちらのほうが長い
- 自費解体の扱いを先に確認する……自分で先に壊した場合でも費用を負担してもらえる仕組みがあります。ただし順序と書類が決まっているので、壊す前に必ず自治体に確認してください
先に自分で壊したときの払戻し(自費解体)
順番を待てず、先に自費で解体した場合の払戻しについては、環境省が別の手引きを出しています(第2版・令和8年7月)。読むときの要点は次のとおりです。
| 内容 | |
|---|---|
| 払戻しの上限 | その建物を公費解体したと仮定して市町村が算定した額(基準額)。基準額は延床面積に市町村が定める構造別単価を掛けて算定するのが基本 |
| 自己負担 | 業者への支払額が基準額を上回ると、差額が自己負担になることがある |
| 写真 | 解体前・解体中・解体後の写真。罹災証明書より先に壊した場合は、全壊・半壊の被害が分かる解体前の写真 |
| 書類 | 契約書・見積書・内訳の写し、業者が作る解体証明書、廃棄物のマニフェスト伝票の写し(これが無いと処分料を償還に含められない) |
| 権利関係 | 抵当権などの担保物権が付いていないこと、差押えを受けていないことを確認される |
| 期限 | 業者といつまでに契約したものを対象とするかを要綱で定めている市町村がある |
同意の集め方については、自費解体のほうがむしろ軽くなります。
すでに解体が終わっているため、所有権を持っていた全員の同意書や宣誓書がなくても償還して差し支えない、というのが手引きの整理です(市町村が提出を求めることは妨げられません)。
ただし、先に壊してしまうと払戻しの上限に縛られます。壊す前に窓口で確かめる順番は変わりません。
平時の空き家なら、除却補助金
災害でなくても、老朽化して危険な空き家の解体費用を補助している自治体があります。内容は自治体ごとにまるで違います。
参考として、熊本県八代市の「老朽危険空き家等除却促進事業」(市の公式ページ)を挙げます。
- 上限60万円、補助対象経費に3分の2を乗じた額
- 概ね1年以上空き家で、常時無人のまま管理されていないこと
- 構造や設備が著しく不良で、倒壊や外装材の落下のおそれがあること
- 事前調査を受けて対象と判定される必要がある
- 申請できるのは所有者本人・相続権利者・管理者、および土地の所有者等
- 市税を滞納していると使えない
- 令和8年度は一次受付が終了し、二次受付は6月1日から9月末まで(先着順)
「先着順」という点に注意してください。予算の枠があるため、年度の途中で締め切られます。
それでも使えない・間に合わないとき
受付が終わっていた、対象外と判定された、そもそも補助を出していない自治体だった——どれも実際に起こります。
その場合でも、壊すことを前提にしない買い手を探すという道が残ります。訳あり不動産を扱う会社の中には、建物が建ったまま、家財が残ったままの現況で引き受けるところがあります。当社もその一つです。ただし建物の状態や権利関係によって引き受けられないこともあるので、制度が使えるかどうかを先に確かめてからで遅くありません。
災害のあとは、被災した方に近づく事業者が増えます。
急かす、その場で契約を求める、根拠を示さずに金額だけを口頭で伝える——
そうした相手とは、その場で決めないでください。
まず自治体の窓口に相談し、制度を使えるかどうかを先に確かめる。それが順番です。
確かめる順番
- 建物の名義人を確認する(登記事項証明書か、固定資産税の課税明細で分かる)
- 名義人が故人なら、その日のうちに戸籍集めに着手する。ここが最も時間がかかる
- り災証明を申請する(判定が公費解体の前提になる)
- 市区町村の公式ページで公費解体の受付期間を確認する。まだ案内が出ていない自治体もある
- 担当課に建物の状態を伝えたうえで、「全員の同意が取れない場合の扱い」を聞く。建物性が失われていれば全員の同意は要らなくなり得る
- 待っている間に家財を回収し、写真を残しておく
- 平時の空き家なら、除却補助金の有無と締切を市区町村に聞く
2を後回しにしないでください。制度の要件を調べるより先に、名義がどうなっているかを確かめる。能登で起きたことは、順番を逆にすると間に合わない、ということでした。
よくある質問
公費解体は、どんなときに使えますか。
自然災害で被災した建物のうち、自治体が災害等廃棄物処理事業を実施すると決めた災害に限られます。り災証明書で「全壊」「大規模半壊」「中規模半壊」「半壊」と判定されていることが要件です。平時の老朽空き家には使えず、その場合は自治体の除却補助金が別にあります。
名義人が亡くなっていても申請できますか。
環境省の質疑応答集は、公費解体の申請にあたって事前に相続登記の申請をする必要はない、としています。未登記の家屋の表題登記や、抵当権の抹消登記も同じく事前には求められません。求められるのは登記を直すことではなく、誰が権利を持っているかの確認と、その人たちの同意です。建物が倒壊するなどして建物性が失われている場合は、相続人全員の同意書自体が不要になります。
公費解体のマニュアルはどこで読めますか。
環境省の災害廃棄物対策情報サイトで公開されています。2026年9月時点の最新版は「公費解体・撤去マニュアル」第7版(令和8年8月)です。本編は自治体の担当者向けの事務手続きの文書で、住民が知りたい「これは対象になるのか」は別冊の質疑応答集にまとまっています。ほかに参考事例集、参照条文、自費解体・撤去(解体費用の立替えと払戻し)の手引き(第2版・令和8年7月)があります。
宣誓書方式とは何ですか。
共有者や相続人の意向を確認することが難しい場合に、所有権をめぐる争いが起きたら申請者の責任で解決するという書面を出して手続きを進める方式です。能登半島地震で使われ、現在は環境省のマニュアル第7版にも手順として整理されています。同マニュアルによれば、能登では全体の約5%程度がこの方式によるもので、トラブル等は報告されなかったとされています。採るかどうかは市町村の判断なので、担当課に建物の状態を伝えて聞いてください。
申請してから解体まで、どれくらいかかりますか。
災害の規模と地域の事情によって大きく変わります。能登半島地震では、2024年5月末の時点で石川県の申請15,614件に対し完了は227件(約1.5%)でした。2016年の熊本地震が5か月時点で14%だったのと比べても遅く、相続の未整理に加えて、道路の寸断や作業員の宿泊先不足も原因として挙げられています。
公費解体の申請は、いつまでに出せばいいですか。
受付の開始も締切も自治体ごとに決められます。熊本市は令和8年熊本地震の公費解体について、2026年8月25日から予約受付を始め、申請書類の受付を2026年9月10日から12月10日までとしています。同じ地震でも、2026年9月3日時点で公費解体の案内をまだ出していない自治体もあります。受付期間は数か月しかないことが多いので、お住まいの市区町村の公式ページで日程を必ず確認してください。
解体を待っている間にできることはありますか。
家財の回収です。家財が大量に残っていると解体の日数が大幅に延びると石川県が注意喚起しています。安全が確保できる範囲で、貴重品や思い出の品を先に取り出しておくと、順番が回ってきたときに早く進みます。あわせて被害状況の写真を残しておいてください。
この記事の監修者
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