抵当権者が個人で、その人がすでに亡くなっている抵当権を消すには、原則としてその相続人全員の協力が要ります。抵当権の抹消登記は所有者と抵当権者の共同申請で、抵当権者が亡くなればその立場を相続人が引き継ぐためです。この記事では、弁済の前後で変わる手続き、相続人が見つからない・協力しないときの不動産登記法70条の道、費用と期間、そして消せないまま現況で手放す道を整理します。
抵当権者が金融機関で、相手が分かっている場合の抹消手順は抵当権抹消の費用と手順に、明治・大正の抵当権のように相手が分からない場合は休眠抵当権の抹消に書いています。ここでは、相手が個人で亡くなっている場合に絞り、抵当権者が完済の前に亡くなったか後に亡くなったかで手順が変わること、相続人が「所在不明」なのか「協力しない」のかで取れる道が分かれることを中心に説明します。
借金が消えても、登記は相続人の手を借りないと消えない
抵当権は、借金を返し終われば消えます。ただし登記は別で、抹消の登記を申請しない限り登記簿に残り続けます。
第六十条 権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。
抹消登記では、所有者が登記権利者、抵当権者が登記義務者です。抵当権者が亡くなっていれば、登記義務者の立場はその相続人全員に引き継がれます。相続人の1人だけでは足りません。
抵当権者=お金を貸した側で、抵当権を持っている人。親戚や知人、勤め先の社長など、個人が抵当権者になっている登記は、昭和の時代の借入に多く見られます。
登記義務者=その登記によって不利益を受ける側。抹消登記では抵当権を失う抵当権者です。
個人の抵当権が問題になりやすいのは、次の理由からです。
- 貸した本人が亡くなり、相続人が「そんな貸付があった」ことを知らない
- 返し終わった証拠(領収書・借用書の返却)が残っていない
- 相続が重なって、相続人が十数人に増えている
- 相続人の中に、所在が分からない人や連絡を取りたくない人がいる
弁済の前か後かで、手続きが変わる
抵当権者がいつ亡くなったかで、登記の手順が分かれます。
| 亡くなった時期 | 抵当権の状態 | 抹消までの登記 | 協力してもらう相手 |
|---|---|---|---|
| 借金を返し終わった後 | 弁済で消えている(登記だけ残っている) | 抹消登記のみ | 抵当権者の相続人全員 |
| 借金を返し終わる前 | 抵当権と債権が相続人に移っている | 抵当権の相続による移転登記→弁済→抹消登記 | 抵当権者の相続人全員(債権を相続した人へ弁済) |
「返し終わっている」と家族が言っていても、証拠がなければ、相続人の側からは確かめようがありません。借用書、領収書、通帳の振込記録など、弁済を示すものを先に探してください。それが無い場合、相続人から「本当に返したのか」と言われれば、登記は動きません。
なお、抵当権は借金と一緒でなければ時効で消えません。
第三百九十六条 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。
「古いから時効で消えているはず」という理屈は、所有者の側からは原則として使えません。

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相続人が協力しない・見つからないときの道
相続人全員の協力が得られない場合、不動産登記法70条に単独で抹消できる道が定められています。
第七十条 登記権利者は、共同して登記の抹消の申請をすべき者の所在が知れないためその者と共同して権利に関する登記の抹消を申請することができないときは、非訟事件手続法(略)第九十九条に規定する公示催告の申立てをすることができる。
(略)
4 第一項に規定する場合において、登記権利者が先取特権、質権又は抵当権の被担保債権が消滅したことを証する情報として政令で定めるものを提供したときは、第六十条の規定にかかわらず、当該登記権利者は、単独でそれらの権利に関する登記の抹消を申請することができる。同項に規定する場合において、被担保債権の弁済期から二十年を経過し、かつ、その期間を経過した後に当該被担保債権、その利息及び債務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託されたときも、同様とする。
状況ごとに整理します。
| 状況 | 使える道 | 内容 |
|---|---|---|
| 相続人の一部の所在が分からない | 公示催告→除権決定(70条1項・3項) | 裁判所が公告し、届出がなければ除権決定。所有者が単独で抹消を申請できる。所在が分かっている相続人については、別に協力を得るか訴訟が要る |
| 所在不明で、弁済を証する書類がある | 単独申請(70条4項前段) | 政令で定める弁済の証明を添えて、所有者が単独で申請 |
| 所在不明で、弁済期から20年以上経っている | 供託→単独申請(70条4項後段) | 元本・利息・損害金の全額を供託して単独で申請。金額を計算できることが前提 |
| 所在は分かるが協力しない | 抹消登記手続請求の訴訟 | 判決を得て、所有者が単独で申請 |
70条の道はどれも「所在が知れない」ことが前提です。相続人の所在が分かっていて、単に協力してくれないだけの場合は、訴訟になります。相続人が十数人いて一部が所在不明、一部が非協力、という混ざった形も珍しくなく、その場合は所在不明の人には70条の道、所在が分かる人には協力のお願いか訴訟、というように道を組み合わせることになります。
供託の道は、利息と損害金を含めた金額を計算できないと使えません。根抵当権や、利息の定めが不明な古い登記では止まることがあります。その事情は休眠抵当権の抹消に書いています。
費用と期間は、相続人の人数と所在で決まる
| 道 | 主な費用 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 相続人全員が協力 | 登録免許税は不動産1個につき1,000円、戸籍の取得費、司法書士の報酬 | 相続人の確定に数週間、登記は1〜2週間程度 |
| 公示催告・除権決定 | 裁判所の費用、司法書士または弁護士の報酬 | 公告から除権決定まで数か月 |
| 供託して単独申請 | 供託金(元本+利息+損害金)、報酬 | 金額の計算ができれば比較的短い |
| 訴訟 | 訴訟費用、弁護士の報酬 | 半年以上になることが多い |
登録免許税の額は、登録免許税法 別表第一 一(十五)(e-Gov法令検索)が「登記の抹消」について、課税標準を不動産の個数、税率を「一個につき千円」と定めています(同一の申請書で20個を超える不動産を抹消する場合は、申請1件につき2万円)。
登録免許税そのものは1,000円ですが、その前段の「相続人を確定する戸籍集め」が重くなります。抵当権者の出生から死亡までの戸籍と、相続人全員の現在の戸籍・住所を集める作業で、相続が重なっていれば数か月かかることもあります。売却を予定しているなら、この期間を逆算して始めてください。
消せないまま、現況で手放す道
抵当権が残ったままだと、仲介での売却は止まりやすくなります。買主が住宅ローンを組む場合、金融機関は先順位の抵当権が残った不動産に融資しないのが通常で、売主側で抹消してから引き渡すことが契約の前提になるためです。古い登記が残った土地は、予告登記が残ったままの土地の売却でも説明しています。
ただし、それは「抹消してから売る」という順番に縛られる場合の話です。権利が付いたままの現況で引き受け、取得後に買主の側で抹消の手続きを進める形を取れる場合があります。

当社は、抵当権や仮登記などの権利が残った不動産についても、現況のまま取り扱うことを基本にしています。抵当権者側の相続人の調査は、取得後に当社の側で進める形を取れる場合があります。実際に、明治時代の抵当権が残った家を権利が付いたまま取得し、取得後に当社の負担で抹消した例は休眠抵当権の抹消に書いています。物件の種類を問わない全体のご案内は、訳あり物件の買取相談のページにまとめています。
ただし、条件によっては成立しないことがあります。他で断られた物件も、お引き受けできる場合があります。抵当権者の相続人の人数と所在によって手続きの重さが大きく違うため、現地と登記の資料を確認したうえでの個別の判断になります。
査定で見ているのは「相続人の数」と「弁済の証拠」
個人の抵当権が残った家のご相談で、当社が先に確かめるのは、債権額の大きさではありません。
– 抵当権者の相続人が何人で、どこにいるか……戸籍で確定できる範囲と、所在不明の人の有無。ここで道と期間が決まります
– 弁済を証する書類の有無……借用書、領収書、通帳の振込記録など。相続人の所在が知れない場合の70条4項前段の単独申請では、政令(不動産登記令 別表二十六の項)で、債権証書と、債権と最後の2年分の利息その他の定期金(損害金を含む)の完全な弁済を証する情報が求められます。通帳の記録だけで足りるとは限りません
– 登記の内容……債権額、利息、弁済期の記載。供託の道が使えるかどうかは、この計算ができるかで決まります
– 所有者側の名義……所有者も亡くなって相続登記が未了なら、抹消の前にそちらも要ります(相続登記の義務化と期限)
抵当権が付いたまま相続した家全般の考え方は抵当権が付いたまま相続した家に、根抵当権の場合は根抵当権が付いた不動産の売却にまとめています。
この記事の要点
- 抵当権者が亡くなっていると、抹消登記の相手はその相続人全員になる
- 完済後に亡くなった場合は抹消登記のみ、完済前なら抵当権の相続による移転登記が先に要る
- 弁済の証拠がないと、相続人の側から確かめられず、登記は動かない
- 相続人の所在が知れないときは不動産登記法70条の公示催告・弁済証明・供託の道。協力しないだけなら訴訟
- 登録免許税は1,000円だが、相続人を確定する戸籍集めが重い
- 消せないまま、権利が付いた現況で手放せる場合がある。ただし条件によっては成立しない
抹消の手続きの選択と訴訟の見通しについては、司法書士・弁護士へご確認ください。
登記簿に個人名の抵当権が残っている家をどうするか決めかねている場合は、登記事項証明書の乙区の内容と、分かる範囲で抵当権者との関係をお知らせください。取れる道と、現況のまま取り扱えるかどうかをお伝えします。
よくある質問
登記簿に、親戚の名前で抵当権が残っています。その人はもう亡くなっています。消せますか。
消せますが、相手は亡くなった抵当権者の相続人全員になります。抵当権の抹消登記は所有者と抵当権者の共同申請なので、抵当権者の側に立つ人を戸籍で探すところから始まります。相続人が数人なら協力を得て進められることが多く、十数人に増えていたり連絡が取れない人がいたりすると、公示催告などの裁判所の手続きが要ります。
借金はとっくに返し終わっています。それでも相続人全員の協力が要りますか。
要ります。完済で抵当権は消えていますが、登記は自動では消えません。抵当権者が完済後に亡くなった場合は、相続人全員が登記義務者として抹消登記に協力する形になります。完済前に亡くなっていた場合は、抵当権の相続の登記を経てから抹消する形になり、手順が1つ増えます。
相続人が見つからない、または協力してくれません。方法はありますか。
所在が分からない相続人がいる場合は、不動産登記法70条の公示催告と除権決定により、所有者が単独で抹消を申請できる道があります。所在が知れない場合で、債権証書と完全な弁済を証する情報を提供できるとき、または弁済期から20年を経過して元本・利息・損害金の全額を供託したときも、単独申請ができます。協力を拒む相続人には、抹消登記手続を求める訴訟になります。
抹消にかかる費用と期間はどのくらいですか。
相続人全員の協力が得られる場合は、登録免許税が不動産1個につき1,000円と、戸籍の取得費、司法書士の報酬です。公示催告を使う場合は、裁判所の手続きに数か月かかることが多く、訴訟になればさらに長くなります。相続人の人数と所在によって幅が大きいので、着手前に司法書士へ見通しを確認してください。
抵当権を消せないまま、家を手放すことはできますか。
仲介での売却は抵当権の抹消を前提にすることが一般的で、消せないと止まりやすい形です。一方で、権利が付いたままの現況で引き受け、取得後に買主側で抹消の手続きを進める形を取れる場合があります。当社は現況のまま取り扱うことを基本にしていますが、権利関係や条件によっては成立しないこともあり、個別の判断になります。
この記事の監修者
ローンや抵当権が残っていても、売れるか
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